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2021/05/08

高等学校

高校学年だより:校長挨拶「<共依存>からの脱却」

<共依存>からの脱却テイクオフ (高校だより)(2021. 5. 7[金])

 立夏の候、保護者の皆様におかれましては、ご健勝のこととお慶び申し上げます。
 さて、コロナ禍の状況は、ますます悪化の一途をたどっております。4月25日には、三度目の緊急事態宣言が発出され、本校もそうした状況に鑑み、時差登校と短縮授業を実施しております。今後の感染状況の見通しはまったく予断を許さない状況ですが、生徒の安全を最優先に、適宜対応していく所存です。ご家庭におかれましても、お嬢様の体調管理に留意され、感染予防に努めるようご指導を賜れば幸いです。

 さて、保護者会で申し上げましたが、成長段階での高校課程は、国本に通うお嬢様たちが、一歩一歩自立への道を歩み、一人ひとりが《なりたい自分》を発見し、その実現に向けて準備にまい進するプロセスです。私たち教職員も、お嬢様たち一人ひとりの様子を注視しながら、各自の進路を模索する作業を丁寧にサポートしていく所存です。保護者の皆様のご支援ご協力を切にお願い申し上げます。

 しかしながら、発達段階における高校課程は、平坦な道のりばかりとはかぎりません。目標が定まらず、何から手を付けていいかがわからず、焦りから生活が乱れたり、目標と自分の力量とのギャップに落胆し、自責の念に駆られ、意欲喪失状態に陥ったりすることがあります。高校の時期は失意や不安や迷いの時期でもあるのです。

 こんな時、保護者としてもどのように対応したらいいのか、動揺と逡巡を繰り返す日々が続くものです。かく言う私も、二人の女子を育てた経験に照らせば、決してひと様に指南できる立場ではありません。迷走する子供以上に、内心は動揺して浮足立っていたのが実状でした。子供がどんな理由から苦悩しているのか、保護者としてどんなアドバイスを与えるのが適切なのか、答えの出ない問いを繰り返す困惑の連続でした。

 そんな窮状の中で、出合ったのが《共依存》という言葉です。これは、臨床心理学から出てきた言葉ですが、簡潔に言えば《親離れ-子離れ》できない親子の関係を《共依存》と呼びます。自立とは、先ず「親離れ」が第一歩ですが、「親離れ」は「子離れ」とセットになっています。今日の先進社会では、子供が親への依存を断ち切るだけでは自立は達成できません。依存体質の子供をケアすることによって心の安寧を得る保護者もまた、ある意味で依存症なのです。

 育児に時間と労力を費やすことが出来るのは、相対的に恵まれた環境に置かれていると言えますが、ともすれば、そうした環境の中では、《過干渉・過接触・過保護》に陥って、子供との心理的距離を必要以上に縮める場合があります。親が子供の自立を妨げてしまうのです。その結果、子供を《依存-干渉》のループに閉じ込めてしまうことにつながってしまいます。喩えが適切ではないかもしれませんが、陸上競技場のトラックを走っているランナーが、疲労からフラフラと迷走し始めたからといって、コーチがトラックに入って檄を飛ばしながら伴走することは、禁じ手以外の何ものでもありません。

 精神科医の斎藤 環(=たまき)は、保護者に対して「手をかけずに目をかけよ」、つまり《見守る》姿勢を説いています。故事に倣えば、教育の要諦は、「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えることだ」になるのかもしれません。

 子育ての場合でも、子供が躓いて、もがき苦しむ場面があっても、本人が自力で立ち上がれるかどうかを保護者側で、じっと忍耐力をもって見極める時間を持つ必要があります。手を差し伸べるのは、その後からでも遅くはないのです。拙い文になりましたが、ご一考頂ければ幸いです。

国本女子中学校高等学校
校長 坂東 修三