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2021/11/10

高等学校

11月10日朝礼:校長講話

《2021年度 2学期第6回朝礼講話》2021.11.10 (水)

 

校長:坂東 修三

 

《エポケーから始めよう(Part 2)》

― ジェンダーとエスニシティを中心にして

 

おはようございます。朝礼講話の時間です。今朝のタイトルは、前回のテーマを踏襲して、《エポケーから始めよう》です。今日はそのパート2になります。前回は《エポケー》という言葉で、私たちが日々「当然のことと思っていること」や「自明視していること」も、違った解釈や意味付けを加えることで、変えることが可能なのだとお伝えしました。

 

その際、フランスの人権宣言を取り上げ、「自由、平等、友愛」という万人のための理念が、実際は男性のみを前提としていたマニフェストにすぎなかったことを確認しました。宣言で標榜されている理念を文字通りすべての男女に広めるためには、ベースになっている「人間イコール男性」という解釈に対して、「男性と女性」というジェンダーの視点を導入することによって、視野の中に存在していても、無視され、見られることのなかった女性の存在が可視化され、「人間」というカテゴリーや概念の中に含まれるようになり、その結果、男性と対等に選挙権を手に入れることができた経緯をお伝えしました。

 

肌の色で人を分断し、差別や排除を行おうとする《レイシズム = racism》(=人種差別)の場合も同様です。「白人」のことしか意味しなかった「人間」という言葉の定義や意味に、《様々な肌の色の人々や集団》を意味する《エスニシティ=ethnicity》という視点を持ち込むことによって、それまで気づいてはいても注意や関心を向けなかった《人種の多様性》にスポットライトを当て、人種間の差別や分断の不当性や不条理を告発することが可能になったのです。最近他界したジャック・デリダという現代哲学の大御所は、フランスの人権宣言の中で「連帯や助け合い」を意味する《友愛》(英語のfraternity)という言葉が、実は、植民地を持っていた宗主国であるフランスの国内だけに限定され、それも白人男性の間にのみ限られていたカッコ付きの理念にすぎなかったと喝破しています。

 

こうして《性差別》と《人種差別》という人間社会の二つの大きな差別も、人権宣言のベースになっている《人間》という言葉の意味や解釈をふくらませることによって禁止すべきものであることが共有されるようになりました。これこそ《エポケー》の効果なのです。

 

しかし、アメリカの映画界での《性的ハラスメント》や《性暴力》を訴えた最近の《#Me Too》運動や、テニスの大坂なおみ選手が全米オープンで抗議の意思を示したことでも知られていますが、白人警官による黒人市民に対する不当な殺害行為に抗議する《Black Lives Matter》運動に見られるように、依然として差別や迫害はなくなりません。1948年の第3回国連総会で「世界人権宣言」が採択されてから12月10日で73年が経過します、さらにはマーティン・ルーサーキング牧師の運動によって1964年に実現した、黒人への差別を禁じ、社会的諸権利を認めた「公民権法」の成立から57年が経過するというのに、世界の人権状況は良くなるように見えません。

 

日本国内にも目を向けてみましょう。2021年版の内閣府の『自殺白書』によれば、コロナ禍の状況で、男性の自殺者が減る一方で、女性の、とりわけ働く女性の自殺者が増えています。理由は、働く女性の54%がパートやアルバイトの非正規雇用で、コロナ禍による経済不況で、真っ先に解雇や雇止めに遭い、その結果、生活苦から自殺に追い込まれるケースが多かったからです。雇用における男女差別が依然としてはびこっている事実がコロナを通してあぶりだされたことになります。

 

こうした現実をみると、思わず無力感や絶望感に襲われそうになりますが、諦めてはいけません。世界人権宣言や日本の憲法で謳われている人権の理念は、哲学者のカントが提唱した「統制的理念」と同じものです。つまり、カントは、ユートピアもしくは理想的な平和な世界のような《究極的な目標》になるものを「統制的理念」と呼んだのです。それは、完全なる実現は困難でも、理念として掲げなければ、いつまでたっても現状を変えることが出来なくなるものであり、私たちが絶えず前に進むための原動力になるものです。大事なことは、遠い遠い目標でも、少しでもそれを目指して近づくのをやめないことです。遠く彼方にあるような究極的な目標に一歩でも近づくためには、私たちの中にある固定観念に、ひるむことなく《エポケー》を加える必要があります。最後にもう一度言います。《ストップ!思い込み》《エポケーから始めよう!》、いいえ、同じテーマの2回目のエンディングですから、結びの言葉を変えます。《さらにエポケーを続けよう!》。以上で、2学期6回目の朝礼講話を終わります。お疲れ様でした。 (以上)